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東京高等裁判所 昭和49年(ラ)749号 決定

抗告人(債権者)

カクボー興業株式会社

右代表者

鹿窪俊郎

右代理人

山本政敏

相手方(債務者)

布川仙造

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は「原決定を次のとおり変更する。抗告人は東京都大田区東六郷二丁目五番二宅地925.61メートルの北西部268.125平方メートルの地上に別紙物件目録記載の建物を建築することができる地位を有することを仮に定める。相手方は抗告人の右建物建築工事を妨害してはならない。申立費用は全部相手方の負担とする。」旨の裁判を求めるというものであり、その理由は別紙「抗告の理由」記載のとおりである。

当裁判所も、抗告人の仮処分申請中原決定の認めた限度を超える部分については、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、左に訂正ないし附加するほか、原決定理由の判示するところと同一であるから、これをここに引用する。

原決定の事実認定中、三枚目表冒頭から同二行目の「変更され」までを、「昭和四八年四月一九日第三種高度地区に指定され、また同年一一月二〇日用途地域および容積率を近隣商業地域、三〇〇%に変更され」と、同葉表示行の「権利関係」を「利用状態」とそれぞれ改め(抗告理由は原決定一、4の認定全体を非難するが、疎明資料、とくに疎甲第七号証、乙第二六号証に照らすと、右認定はこれを支持するに足り、抗告人の援用する疎明によつても、右認定を覆すことはできない。)、原決定四枚目表三行目に「なお相手方の居住建物に対する日照は、抗告人が本件建物の建築着手前に本件土地上に所有していた建物により、従来からも或程度妨げられていたことが窺われるが、右旧建物は平家建であつて、これによる被害の程度を本件建物によるそれと同視しうべき限りでないこと(抗告人も、相手方の生活の中心場所である二階八畳の部屋の南側開口部における冬至時の日照阻害の開始時につき三〇分の差が生ずることを認めており、他の時期においてはその差が相当増大すべきことは、疎甲第四四、四五号証の日影図から推しても明らかである。)。」を附加する。また、原決定五枚目裏九〜一〇行目の「右建物の建築に伴う日照阻害等も債務者の受忍すべき限度に止ま」る旨の判示は、ここで判断するを要する事項でないから、これを削除する。

相手方が本件建物の建築により日照等の生活利益を享受するうえにかなり重大な不利益を被ることになることは、前叙のとおりである。そして、直射日照に関する限り、本件土地の地域性および加害回避の困難性からみて、この程度の被害は社会生活上相手方が受忍するを相当とする限度を超えないとしてその受忍を強いるもやむえないとの前提に立つとしても、本件建物の規模を、地域の現状および将来にわたる見通しに照らし相当と認められる範囲に制限することによつて、相手方のためより多くの天空を確保し、本件建物による圧迫感を和らげ、天空光による採光その他の諸利益の享受に対する妨害を減少することができる限り、この範囲で相手方の生活利益を保護することにより、抗告人と相手方との間の利害の調整をはかるのが相当であるというべきである。かかる観点から考えると、抗告人の企図する本件建物を建築するときは、本件土地近隣における建物高層化の現況からみて、それが際立つた高さの建物となり、また将来にわたつても、高度および容積率の制限に伴い、本件土地附近で六階建以上の高層建物が建築されることは実際上ほとんど予想しえなくなつたことは、叙上の認定に基づき推認するに難くないところであり、一方、本件建物を原決定によつて是認された限度に縮小することは、抗告人の当初の目論見に齟齬を生じさせたものであることは確実であるにせよ、それが右の目論見あるいは工事の進行度からみて、抗告人に対し経済的に耐えがたいほどの重大な不利益を強いることとなるものと認められる疎明は存しないのであるから、抗告人が右縮小を肯んぜず、採光や圧迫感等の面で相手方の受ける被害をより増大する結果を招く本件建物の建築を敢えて遂行しようとすることは、地域性その他諸般の事情から容認される限度を超えて相手方の生活利益を侵害する違法行為たるを免れないものといわざるをえない。

抗告人は、高度や容積率の制限前に適法に建築確認を受けた内容に従つて建築工事を進めることのその後の制限措置に合致しないからといつて違法となる理由はないと主張するもののようであるが、建築確認手続を経ていることは、当該建築が行政上の監督取締の面で非違ありとされないという効果を持つにとどまり、その建築の実施による私人の生活利益の侵害が、諸般の事情を総合斟酌した結果社会生活上一般的に被害者において受忍するを相当とする限度を超えるものと認められる場合に、その建築工事の遂行が違法とされることを妨げるものではないとともに、反面、右受忍限度を判定するにあたり、建築基準法や都市計画法に基づき当該土地につき課されている行政上の諸制限の判断基準時(その時点までの建築の進行状況も考慮に入れなければならないが。)における内容を勘案することももとより悖理ではなく、右行政上の諸制限は本来適正な制限のもとに土地の合理的な利用をはかり公共の福祉の増進に寄与することを目的とする法の理念に基づく客観的基準によつたものと目されるものであり、本件においても、本件土地に対する行政上の諸制限をもつて右土地近隣の現況および将来性に適応しない不合理なものであるとすべき理由の存しないことは前叙認定に照らし明らかである以上、これを地域性に関する一つの重要な客観的資料として尊重すべきことは、むしろ当然の事理というべきである。

してみれば、原決定の認容した以上の建物の建築を遂行することは違法な権利行使として許されないものというべく、これと同じ見地に立つて右超過部分に関する建築妨害禁止の仮処分申請を棄却した趣旨と解される原決定は相当であつて、本件抗告は理由がない。

よつて、本件抗告を棄却することとし、抗告費用は民訴法九五条、八九条に則り抗告人の負担として、主文のとおり決定する。

(室伏壮一郎 小木曾競 横山長)

物件目録《省略》

抗告の理由《省略》

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